お侍様 小劇場

   “料峭の朝” (お侍 番外編 43)

 


古来より、二月はライオンのようにやって来て、
ウサギのように駆け去る月だと言われているのだとか。
冬の最も寒い時期にあたるのと、されど春の訪のいの すぐお隣り、
日数も微妙に短いものだから、
そんな言われようをしているのだろけど。

 “今年は、いやいや、このところは、暦どおりにはいかないようですねぇ。”

そういえば昨年の冬もこうだった。
ところどころでぐんと冷え込んだ日もありはしたが、
結果は暖冬だったね、鍋物をあんまり作らなかったねぇなんて。
穏やかなままそろそろ去りそうな頃合いに、そんな話をしておれば。
一体 何の帳尻合わせやら、
北方や日本海側の方では大雪が降るわ、
寒気団が押し寄せてとんでもなく寒い日が続くわ。
気が緩んではやばや春物の装いを始めていた人々が、
震え上がった反動でもこもこと着込んだり。
子供らも 花粉症ならぬ最後の風邪を拾ったり…と、
何ともはた迷惑な終わりようをしたんじゃあなかったか。
そしてそして今年もまた、
先月の、確か聖バレンタインデーには、
土地によっちゃあ 25℃を越す夏日を記録したくらい、
異常な暖かさが訪れたはずなのに。
二月も終盤、三月に入ろうかという頃合いになってから、
日本海側だけじゃあない、
真っ昼間の都心にも雪が待ったほどの荒れようとなった。
昔の暦じゃあ1カ月以上はズレているとはいえ、
桃の節句だってのに今日も今日とて、

 “うあ、冷え込みそうだなぁ。”

洗濯物は干せるものかと、リビングの大窓を少し開け、
つややかな金絲をうなじで束ねた、
細おもての白いお顔を外へと出しかけたのは、
島田さんチの七郎次おっ母様。
陽射しも薄い曇天なのは、キッチンの窓から見えてたけれど、
それでも…とのお天気伺いをしてみれば。
明るさよりも何よりも、
何にも覆われぬ頬やら手やら、
あっと言う間に冷えてしまった外気の冷たさへ、
これは油断のならぬ寒さだなという再確認になっている。
幸いというか、体力のない家人はいないが、
それでも油断は禁物だろう。
今日は ひな祭りだから、
菜の花模した錦糸玉子も華やかなちらし寿司やら、
桃のスィーツやらを作ろうかと構えていたが。
この様子では何か暖かいものを作った方がいいかもなんて、
今の今からそんな算段をしておれば、

 「…っ。」
 「おや。」

思わぬ方向から “くちんっ” という小さな音がし。
そちらを見やれば、竹刀を片手にテラスまでを戻って来た次男坊が、
自分の口許へ手の甲を当てて立っている。
学校指定のトレーニングウェアといういで立ちで、
毎朝 庭先で竹刀を振るのが日課になっている久蔵殿であり。
余程のこと とんでもない天気にならぬ限り、
律義にもそれを続けている彼ではあるが、

 「ほら、早くお入りなさい。」

寒かったでしょうにと身を譲って“上がれ上がれ”と急かした七郎次。
庭ばきを脱いでの段差を上がって来るのももどかしく、
自分の傍らへと戻って来た次男坊の、
やはり色白なお顔へ、すっと手を伸ばし。
ふわふかで綿毛のような額髪、上へと軽く押し上げるようにして、
白い額へと自分の手のひらを伏せてやる。

 「…っ。」
 「熱はありませんか? 寒気はしませんか?」

風邪だったら最初が肝心ですからねと。
表情が薄いその上、端正が過ぎて気難しい風情にも見えなくはない、
次男坊のその風貌には少々似合わぬ、
可愛らしいクシャミを案じてやっているおっ母様。
熱どころか ひやりという感触がしたくらいだから、
素因を抱えている状態ではないらしく。
とはいえ、

 「今日は これから冷たい雨になるそうですし。」

確か、期末考査も終わっていて、
授業はなしの試験休みへと突入中。
三年生の卒業式までは部の練習以外の御用はないのでしょう?

 「だったら…。」
 「まさか、休めと言い出すつもりではあるまいな。」

サイドボード前に立ち、それだけは手慣れた家事、
朝のコーヒーを淹れていた、この家の御主、勘兵衛が。
まあそうなるのではないかとの予測もあった、
想定内の成り行きへ、
やれやれとの苦笑混じり、そんな一言を差し挟んだのももっともな話で。
相手の言い分押し込めてまでという、強引さは滅多に見せぬ七郎次のはずが。
久蔵が相手となるとつい、
こんな風にやたら気を回してしまう。
単なる相性の問題か、それとも口数少ない次男なので、
こちらから踏み込んでやらねばと、ついつい心得てしまうのか。

 「幼子でもあるまいに、そこまでの過保護は行き過ぎではないのか?」
 「ですが。」

現にクシャミが出たのですよと、
そこを案じた気持ちがどうしても拭えぬらしいおっ母様。
それに…案じられている身の久蔵が、
強い態度で“なんでもない”と振り払わぬのも、
軽い援護射撃になっているらしく。
剣道がらみな要素には、
微妙ながら譲れぬ彼じゃあなかったかとの不審へは、

 『ああ、それですか。』

これはあとで判ったこと。
授業はない中での練習登校だというに、
妙に見物・見学の人の出入りが多い剣道部なのだそうで。
人の目 気にする彼ではなかったはずが、
そんな無関心、or 集中さえ ともすりゃ揺らがすほどに、
一挙手一投足へ いちいち黄色いお声がさんざめくもんだから。
無表情こそ保ちつつも、
その内心ではほとほと閉口していたのではないかと、
後日になって部長の兵庫くんから聞いた、七郎次だったりもしたのだが。

 「…。」

おっ母様が言うのなら、大事を取って休んでもいいということか、
間近になった やさしい撫で肩へ、頬をこてんと乗っけての、
口を挟まず、傍観者の態度をとってる次男坊だったりし。
額やら、すべらかな頬、
つんと通った鼻すじを覆う、
絖絹のように目の詰んだ肌の白さや。
金の髪に玻璃玉のように澄んだ双眸という、
どこか玲瓏透徹な印象の、
いかにも繊細そうな風貌が何とも似通った二人から、
じぃっとじぃっと見つめられては、

 「…まあ、好きにすればいいさね。」

どうしてもと強く出るほどのことでなし、なんて。
押され負けしてどうしますか、勘兵衛様まで。
(苦笑)
いやいや負けた訳じゃあないぞということか、
尋の長い腕伸ばし、
カップ片手に空いてた手の方、
ひょいと伸ばすと家人それぞれの愛しい髪へ、
ぽそんぽそんと乗っけてやった。
途端に、

 「わ。//////」

とんだ子供扱いだと感じたか、
御主の茶目っ気へ七郎次が微妙に口許ほころばせたのはともかく、

 「〜〜〜。/////////」

勘兵衛の重みのある大きな手が、実は気に入りだったらしく。
ぽそんっと思わぬ間合いで乗っけられ、
あっと言う間に去ってった感触へ。
ぱちっと瞳を見開いて、そのまま真っ赤になった次男坊の、
何とも判りやすいこと。

 「あらあらvv」

そんな彼の心情へ、すぐさま気づいた七郎次だったのはともかくも、

 「〜〜〜。///////」

言ってはダメだとますますのこと、
おっ母様の肩にお顔を埋めた格好になった次男坊の甘えようへ、

 「おいおい。」

何を誤解し、どんな心情になったやら、
微妙なお顔になってしまった、父上こと勘兵衛様だったりし。
春本番には今少し、かかりそうなのの とばっちりか、
微妙で甘い 桃の香のしそうな、そんな春寒の朝でした。





  〜Fine〜 09.03.03.


  *異性のどんな仕草にドキッとしますかという問いが、
   いつぞやバトンでありまして。
   何かに集中してか、
   伏し目がちになってる無心なお顔とか答えたように覚えておりますが。
   伸ばされた腕の精悍さというのでしょうか、
   ごつりと大きな手とか、なのに妙に形の整った頼もしさとか、
   勿論のこと、雄々しい腕の存在感とかへもドキドキしちゃう、
   妙なフェチだったりいたします。
   勘兵衛様も、着痩せして見える砂防服の下、
   頼もしい腕やら肩やら しておいでなのにねぇ。
   見せ惜しみしてるところが憎いったらvv
(…きっと違います)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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